碩運寺の草創は慶長元年(1596年)に遡る。千田庄兵衛を開基とし、附山栄殿和尚が開山した曹洞宗の寺院として本所(現・墨田区石原)に建立された。享保15年(1730年)に火災で本堂が焼失するなどの苦難を経て、明治43年(1910年)に現在の荒川区西尾久二丁目へ移転した。移転後、大正2〜3年(1913〜1914年)頃に住職・松岡大機師が境内で井戸を掘った際に天然の鉱泉を発見。分析の結果、ラジウムを含む療養泉であることが判明し、「寺の湯」と称した湯治場を境内に開設した。これが荒川・尾久温泉のはじまりとされ、後に「不老閣」として独立した施設に発展、周辺には旅館・料理屋・商店が次々と立ち並ぶ温泉街が形成…