宝蔵院は江戸時代初期に奝賢によって開山された。山号を金亀山、本尊に虚空蔵菩薩を奉斎し、新義真言宗の法統を伝える。新義真言宗は平安末期から鎌倉時代にかけて覚鑁(かくばん)上人が興した真言宗の一派で、弘法大師空海の密教思想を継承しつつ念仏信仰を融合させた。江戸時代には徳川将軍が鷹狩のために江戸郊外のこの地を度々訪れており、将軍の愛馬を繋いだ「駒つなぎの銀杏」が境内に残されている。境内には開山の奝賢と尾久の名主・戸田家の墓所も存在する。荒川辺八十八ヶ所霊場13番札所・豊島八十八ヶ所霊場68番札所として知られ、今日も巡礼者が訪れる。西尾久地区は江戸時代から農村地帯として知られ、明治以降に住宅地に変貌し…