妙縁寺は、京都・要法寺の開山・日尊上人の開創に始まると伝わり、寛永6年(1629年)に大石寺19世・日舜上人によって中興されたという(一説には14世紀に浅草付近で「妙印寺」として開かれたとも伝わる)。山号は正栄山。江戸後期、18世貫首・日哲は、文政4年(1821年)に津軽藩主の暗殺を試みた「相馬大作事件」で知られる下斗米秀之進(相馬大作)の伯父にあたり、文政5年(1822年)に処刑された秀之進の首塚を寺内に伝えるとともに、津軽藩の追及を受けた秀之進の二児を匿い守ったと伝わる。境内には宝暦12年(1762年)銘の石造物があり墨田区の文化財に登録されているほか、歌沢節の歌沢寅右衛門の墓もある。