元中2年(1385年)に立花村に「花谷山神宮寺」として創建された曹洞宗寺院。天正15年(1587年)、立花宗茂が豊臣秀吉より筑後柳川を拝領すると寺もともに柳川へ移転し、藩主家の菩提寺となった。関ヶ原の戦い(1600年)後に立花氏が改易されると後任の田中吉政により破却されたが、元和6年(1620年)に宗茂が旧領へ復帰すると再建された。寛文9年(1669年)、藩主・立花忠茂の命で曹洞宗から黄檗宗へ改宗し「梅嶽山福嚴禪寺」と改称。以来、柳川藩主家の菩提寺として代々の墓所となり、初代藩主・立花宗茂と正室・立花誾千代(慶長7年・1602年没)の墓が境内に現存する。