京都市中京区三条大宮町に位置する浄土宗の古刹。境内は平安時代中期、関白太政大臣・藤原頼忠の邸宅跡に設けられた「四条後院」—上皇の御所—の旧地にあたり、千年余の歴史を刻む由緒ある地に立つ。本尊の石仏阿弥陀如来(高さ約90cm・白川の花崗岩製)は平安後期の造立で、法然上人の浄土の教えに触れた上皇が造立させたと伝わる貴重な遺物である。副本尊の地蔵菩薩は伝教大師最澄が自ら彫った一代の念持仏とされ、近江の坂本から天正15年(1587年)に迎えられた。「泥足地蔵」「汗出し地蔵」「身代り地蔵」の三つの異名を持ち、農夫の田植えを助けた伝説や難産の母子を救った奇跡譚が今も語り継がれている。境内には池坊家元歴代(1658〜1908年)の墓碑が残存し、花道文化とも深い縁を結ぶ祈りの場である。
善想寺が立つ地は、平安時代中期(天元2年・979年頃)に関白太政大臣・藤原頼忠の邸宅跡に設けられた「四条後院」の旧地にあたる。円融天皇は大内裏焼失の際にこの四条後院を仮の皇宮とし、以後複数の上皇の居所として約350年にわたり利用された。境内に安置される石仏阿弥陀如来は平安後期の造立で、法然上人の浄土の教えに感化された上皇が造立させたと伝わり、法然教化の時代を示す貴重な遺物である。寺の開創は天文11年(1542年)、想阿善悦上人によって洛西に創建された。天正10年(1582年)、豊臣秀吉の命を受けた法春上人が現在の中京区三条大宮の地に移転・再建。天正15年(1587年)には近江・坂本から伝教大師…