八木邸は、壬生村の旧家として江戸時代以前より続く町家である。文久3年(1863年)、京都の治安維持を目的として江戸から上洛した壬生浪士組が最初の屯所として八木源之丞宅を借用し、以後この地が新選組発祥の拠点となった。屋根に千本格子を持つ伝統的な京町家建築で、組の二局長である芹沢鴨と近藤勇がそれぞれ隣室に起居した。同年9月18日(旧暦)夜、奥座敷において芹沢鴨・平山五郎および芹沢の愛妾小梅が何者かに暗殺される事件が発生し、近藤派による内部粛清であったとされる。明治以降も八木家の私邸として継承され、近現代にわたり建物の基本構造が保たれてきた。20世紀後半より新選組関連史跡への関心が高まる中、暗殺現場…