慶応3年(1867年)秋、新選組は西本願寺の屯所から京都市下京区不動堂村(現・東塩小路付近)へと移転し、ここに最後の京都屯所を構えた。西本願寺での駐留は寺側との軋轢が生じていたとされ、より独立した拠点を求めての移転であったと伝わる。不動堂村屯所は、幕末動乱が頂点に達した時期における新選組の活動拠点となり、隊士たちはここを本拠として京都市中の治安維持にあたった。慶応4年(1868年)1月、鳥羽・伏見の戦いが勃発すると、新選組は旧幕府軍の一翼として戦闘に参加したが敗北を喫し、同月中に江戸方面へ撤退した。これをもって不動堂村屯所としての役割は終わり、新選組の京都時代に終止符が打たれた。明治維新以降、…