730年(天平2年)頃、橘諸兄の母・県犬養三千代が大和国(現在の奈良県木津川市付近)に創建したと伝わる。三千代は元明・元正両天皇に仕えた女官で、酒造の神として知られる祭神を篤く崇敬したとされる。平安時代に入ると、嵯峨天皇の皇后・橘嘉智子(檀林皇后)の発願により、現在地である山城国梅津の地へ遷座したと伝わる。以降、皇室や公家との縁が深まり、宮中の酒造祭祀とも関わりを持ったとされる。中世には社勢が一時衰退したものの、近世には子授け・安産の霊験が広く知れ渡り、庶民の信仰を集めた。江戸時代には「またげ石」による子宝祈願の作法が定着したと伝わる。明治維新後の神仏分離令を経て社格が整えられ、近代以降は府社…