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寺田屋跡周辺・薩摩九烈士碑
寺田屋跡周辺・薩摩九烈士碑
京都府
1862年薩摩九烈士の同士討ち・1866年坂本龍馬脱出の舞台、伏見の船宿・寺田屋と薩摩九烈士碑
創建
1862
種別
神社
アクセス
Google Map で開く ↗
基本情報
神社
創建 1862
164年目
御祭神・御本尊
(幕末史跡)
宗派
(史跡)
概要
寺田屋は幕末の歴史を語る上で欠かせない伏見の船宿で、寺田屋事件(1862年)と坂本龍馬襲撃事件(1866年)の舞台として知られる。薩摩藩の急進派志士9名が同士討ちで命を落とした寺田屋騒動と、龍馬が入浴中にお龍の機転で危機を脱した逸話は幕末ドラマの名場面である。現在の建物は当時のものではないが、龍馬が泊まった部屋や弾痕・刀傷が再現されている。周辺の伏見港跡・十石舟の乗り場とあわせて幕末の伏見を体感できるエリアである。酒蔵が立ち並ぶ伏見の街並みと運河の風景は京都の中でも独特の趣がある。京阪中書島駅から徒歩約5分に位置する。
由緒
寺田屋は江戸時代後期に伏見で営まれた船宿で、幕末の動乱期に歴史的事件の舞台となった。1862年(文久2年)、薩摩藩の急進派志士たちが京都での挙兵計画をめぐり、同藩の鎮撫使と激突。有馬新七ら9名が同士討ちで命を落とした「寺田屋騒動」が発生した。この事件は薩摩藩の尊王攘夷運動における大きな転換点となったとされる。薩摩九烈士碑はこの9名を追悼するために建立された。1866年(慶応2年)には、坂本龍馬が伏見奉行所の捕り方に急襲され、妻・お龍の機転により危機を脱した「坂本龍馬襲撃事件」が同宿で起きた。この際の弾痕・刀傷が宿内に残るとされる。明治維新後、付近一帯は幕末史の遺跡として認識されるようになった。…
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