大永3年(1523)、津軽氏の始祖・大浦光信が種里城の鎮守として創建した。光信は延徳3年(1491)に三戸南部氏の命を受けて種里城に入り、安東氏の侵攻を退けながら津軽統一の礎を築いた人物であり、八幡宮の初代神官には腹心の家臣・奈良主水貞親が任ぜられ、以来その子孫が代々社務を継いでいる。光信が大永6年(1526)に没すると貞親は殉死を命じられ、その墓は境内近くの光信公御廟所に隣接して今も残る。境内には町指定文化財の大杉がそびえ、弘治2年(1556)改修時の棟札や津軽為信奉納の弓具など、津軽氏の歴史を伝える貴重な資料が数多く保存されている。