長禄年間(1457〜1460年)、赤塚の領主であった千葉介自胤が武運長久を祈願し、信濃国・諏訪大社の建御名方神を勧請して創建したと伝わる。江戸時代の寛永7年(1630年)には十羅刹女を合祀し「十羅刹諏訪合社」と称した。明治の神仏分離を経て村社に指定され(1876年)、大正15年(1926年)に幣殿・拝殿が完成した。かつては乗円寺(常楽院)が別当寺として社務を担ったが、明治元年(1868年)の神仏分離令で分離した。毎年2月13日夜に行われる「田遊び」神事は、神役が狩衣をまとい田起こし・田植え・稲刈りなど一年の農耕を所作と唱言で象徴する予祝の神事で、1976年(昭和51年)に国の重要無形民俗文化財…