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走龍寺(修学院)
京都府
修学院離宮造営の茶人・庭師の影響を受けた高台の臨済宗小寺・洛北の山並みを望む爽快な眺望
創建
1600 年
種別
寺院
参拝済
行きたい
アクセス
叡山電鉄「修学院」駅から徒歩15分
京都府京都市左京区修学院
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基本情報
寺院
創建 1600
426年目
御祭神・御本尊
宗派
臨済宗
概要
修学院地区の高台に位置する臨済宗の小寺で、龍が空を翔けるような名を持つ。修学院離宮の造営に関わった茶人・庭師の影響を受け、境内には小さながら趣のある庭が整えられている。洛北の山並みを望む高台の立地から、晴れた日には市内を見渡す爽快な眺望が楽しめる。地域の人々の葬祭を支える菩提寺として長年機能し、地元住民との密接な関係を保っている。修学院界隈の散策ルートに位置し、一乗寺や曼殊院とともに洛北めぐりの一地点となっている。小規模な禅院ならではの凛とした空気が、訪れる参拝者の心を落ち着かせる。
由緒
走龍寺は臨済宗の寺院として修学院の高台に開かれた。「走龍」の寺名は、龍が天空を疾駆する姿を想起させる雄大な表現であり、禅の活発な精神を象徴するとされる。創建の詳細な年代は定かでないが、江戸時代前期頃に整えられたと伝わる。修学院一帯は江戸時代中期、後水尾上皇が幕府との緊張関係の中でも独自の文化圏を築いた地であり、寛文2年(1662年)に修学院離宮が完成した。上皇は茶道・和歌・造園に深い造詣を持ち、離宮周辺にはその文化的薫陶を受けた茶人や庭師が集まった。走龍寺もこうした修学院の文化的環境の中で発展したと考えられ、境内の小庭にはその影響をうかがうことができる。地域の人々の菩提寺として葬祭を支えながら…
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ご利益
厄除け・災難除け
浄化・お祓い
極楽往生
災厄消除・方位除け・疫病退散。不動明王・観音・祇園の神を祀る寺社で特に祈願される。
御祭神「釈迦如来」のご神徳に由来
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