[ まだ写真がありません ]
最初の一枚を投稿しませんか
真福寺(本牧)
神奈川県
本牧三之谷に佇む高野山真言宗の古刹——岩崎家が慶安3年に阿弥陀如来銅像を寄進した菩提寺、名勝・三溪園の北に続く法灯
創建
1651 年
種別
寺院
参拝済
行きたい
アクセス
JR根岸線「根岸」駅・「山手」駅からバス、「三の谷」停留所下車徒歩数分(本牧地区は鉄道空白域のためバス利用)
神奈川県横浜市中区本牧三之谷50-1
Google Map で開く ↗
基本情報
寺院
創建 1651
375年目
宗派
高野山真言宗
概要
横浜市中区本牧三之谷に位置する高野山真言宗の寺院。山号は配郷山(はいきょうさん)。名勝・三溪園の北側至近に静かに佇む。本尊は阿弥陀如来の銅造立像と伝わり、台座には慶安3年(1650年)に本牧の岩崎江左衛門尉夫婦が前世後世の供養のため鋳造・寄進した旨の銘が刻まれる(『新編武蔵風土記稿』は本尊を不動とも記す)。江戸時代は近隣の宝生寺の末寺で、岩崎一家の菩提寺として地域の信仰を支えてきた。
由緒
創建年代は明らかでない。慶安4年(1651年)に長弁(ちょうべん)が開基したと伝わる一方、道音(どうおん)を開山とする説もあり、さらに寛永10年(1633年)の「関東古儀真言宗本末帳」に既に『宝生寺末 真福寺』として記載があることから、創建はそれ以前に遡る可能性がある。正徳6年(1716年)に僧・慈印が中興したとの口碑も残る。本尊とされる阿弥陀如来銅像は、慶安3年(1650年)に本牧の岩崎江左衛門尉夫婦が寄進したもので、鋳工は江戸住の大川四郎兵衛藤原吉次と銘にある。江戸期は宝生寺の末寺であったが、天保年間には無檀無住の時期を経て、明治初年に東福院の兼帯、明治7年(1874年)に増徳院の末寺、大…
もっと読む
みんなの投稿
0
まだ投稿がありません
御朱印
まだ御朱印の投稿がありません
あわせて巡りたい
東福院(本牧荒井)
東国八十八ヶ所第46番・弘法大師の法灯を本牧の丘に守り伝える間門山の真言霊場
635m
天徳寺(横浜和田山)
弘法大師作と伝わる不動明王を祀る佛海山——本牧・和田山に法灯を継ぐ東国八十八ヶ所43番の高野山真言宗古刹
736m
多聞院
弘仁3年(812)弘法大師開基と伝わり天正19年(1591)徳川家康から12石の御朱印状を拝領した本牧元町の高野山真言宗の古刹——東国八十八ヵ所霊場44番・横浜弘法大師二十一箇所18番、千蔵寺の本寺
502m
千蔵寺
慶長2年(1597)多聞院の別寺として中興し寛文7年(1667)現在地へ——不動明王を本尊とする高野山真言宗の本牧元町の霊場寺院・東国八十八ヵ所45番・横浜弘法大師二十一箇所19番
608m
御影堂(本牧)
千蔵寺境内に隣接して建つ本牧元町の御影堂——横浜弘法大師二十一箇所霊場19番を持つ千蔵寺の本尊・弘法大師の御影(みえい)を祀る小堂
622m
本牧神社
建久2年(1191年)源頼朝創建と伝わる本牧の総鎮守・茅の馬形代を海に流す「お馬流し」神事は横浜市無形民俗文化財
529m
東漸寺(横浜大平町)
文治年間創建と伝わる天沼山——薬師堂領の御朱印を賜り、北方皇大神宮や諏訪神社の別当を勤めた高野山真言宗の古刹
2.6km
西
西教寺(横浜小港)
幸手の古刹の寺籍を継ぎ明治37年に小港へ——関東大震災後に鉄筋コンクリートで再建された真宗大谷派の寺
1.1km
情報を提案する
位置のずれ / 由緒 / 参拝時間 / アクセス / 設備 / 注意事項 などを提案できます
事実と違う内容を報告
アプリでもっと便利に
GPS自動スタンプ・オフライン閲覧・推し活機能
アプリで見る
アプリで巡礼を楽しむ
アプリで見る