金剛三昧院の創建は建暦元年(1211年)、北条政子(源頼朝の正室)が亡き頼朝(1199年没)の菩提を弔うため、高野山に「禅定院」を建立したことに始まる。当時、政子は鎌倉幕府の実質的指導者として政務を執っており、頼朝の冥福を祈るため夫の遺骨の一部を高野山に分骨し、菩提寺とした。貞応2年(1223年)、頼朝の三回忌(実際には24回忌の年)に当たり、二代将軍源頼家・三代将軍源実朝の菩提も合わせて弔うため、寺名を「金剛三昧院」と改称した。同年、境内に多宝塔が建立された。この多宝塔は鎌倉時代初期の優れた仏塔建築として国宝に指定されており、高野山内に現存する建造物としては最古級の貴重な遺構である。境内には…