明治維新後、地租の金納化で米の品質管理が緩み庄内米の評価が下落したため、明治26年(1893年)に旧藩主・酒井家の出資による酒田米穀取引所の附属倉庫として建設された。最上川と新井田川に挟まれた中州「山居島」に盛り土のうえ築かれ、背後の欅並木と二重屋根によって庫内を低温に保つ工夫が凝らされている。最盛期には14棟が並んだが現存は12棟で、収容能力は約10,800トン(18万俵)に及んだ。令和3年(2021年)3月に国の史跡に指定され、令和4年(2022年)9月に129年におよぶ米倉庫としての役割を終えた。令和6年(2024年)には酒田市が土地・建物の大半を取得し、保存と活用が進められている。