源実朝(1192〜1219年)は源頼朝と北条政子の次男として鎌倉に生まれた。建仁3年(1203年)、兄・頼家が政子・北条時政により追放されると、わずか12歳で第三代将軍に擁立された。実朝は政務よりも和歌・蹴鞠など宮廷文化に傾倒し、特に和歌では万葉風の重厚な調べを得意とした。藤原定家から『新古今和歌集』を学び、後世『金槐和歌集』としてまとめられた約700首は中世和歌史に屹立する。建保7年(1219年)正月27日、実朝は右大臣拝賀のため鶴岡八幡宮を訪れた帰路、社頭の大銀杏の陰で甥の公暁(兄頼家の遺児)に襲われ、28歳で命を落とした。源氏将軍三代はここに絶え、以後鎌倉幕府は摂家・親王将軍を迎え、北条…