社伝では孝霊天皇の御代(紀元前3世紀頃)の創建と伝わるが、正史での初見は貞観2年(860年)に従五位下を授けられた記録で、元慶8年(884年)には従五位上に昇叙された。鎌倉時代には広大な社領を擁し、江戸時代には佐賀藩主から雨乞い・日乞いの霊験社として篤い崇敬を受けた。金立山は、秦の始皇帝の命を受けた徐福が不老不死の霊薬を求めて渡来し、山中で薬草を採取したと伝わる霊山である。地元では「フロフキ」(カンアオイの方言名。「不老不死」が訛ったとも伝わる)という植物が今も自生し、徐福渡来の名残とされる。徐福は祭神の一柱に列せられ、境内には市指定文化財「徐福採薬図」「金立神社縁起図」「石造本社神殿拝殿」が…