西南戦争(1877年)で戦死した薩軍将兵2,023名が眠る墓地で、中央に西郷隆盛の墓がある。鹿児島市上竜尾町の丘陵地に位置し、桜島を望む見晴らしの良い場所に薩軍戦没者が整然と並ぶ。西郷の墓は最も大きく、隣には桐野利秋・篠原国幹など幹部の墓も並ぶ。敷地内の南洲神社には西郷を祭神として祀る。西郷が遺した「南洲翁遺訓」の精神を今に伝え、鹿児島県民にとって特別な聖地。毎年9月24日の命日には多くの人々が集い慰霊祭が行われる。
南洲墓地は、1877年(明治10年)に勃発した西南戦争の終結後、薩摩軍の戦没者を葬るために設けられた墓地である。西南戦争は西郷隆盛を盟主とする士族反乱であり、同年9月24日に城山での最後の戦闘をもって終結した。戦後、薩軍将兵の遺体は当初各地に埋葬されたが、地元有志らの尽力により鹿児島市上竜尾町の丘陵地に改葬・集約され、2,023名の墓碑が整然と並ぶ現在の形が整えられた。中央に置かれた西郷隆盛の墓は最も大きく、近傍には桐野利秋・篠原国幹ら幹部の墓も配置されている。明治期以降、西郷への顕彰気運が高まる中、墓地に隣接して南洲神社が創建され、西郷隆盛を祭神として祀るようになった。毎年9月24日の命日に…