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松倉城跡
富山県
富山県魚津市に所在する山城の跡で、上杉謙信が越中攻略の際に重要拠点とした城として知られる
創建
1350 年
種別
城
参拝済
行きたい
アクセス
JR魚津駅から車で30分
富山県魚津市松倉
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基本情報
城
創建 1350年
676年目
概要
富山県魚津市に所在する山城の跡で、上杉謙信が越中攻略の際に重要拠点とした城として知られる。標高約430mの松倉山に築かれた山城で、富山湾と立山連峰を見渡す絶好の立地を誇る。上杉氏と佐々成政が激しい攻防を繰り広げた城として歴史上有名で、魚津城合戦(1582年)の際に上杉勢がここに籠城した。現在は城跡として遊歩道が整備されており、ハイキングコースとしても人気がある。魚津の歴史を象徴する史跡として、地域の誇りとなっている。
由緒
南北朝時代の創築とされ、戦国時代に上杉謙信の越中攻略の重要拠点となった。1582年の魚津城合戦では、上杉景勝軍がここを拠点に佐々成政と激戦を繰り広げた。本能寺の変の報が届いた際の歴史的な場所でもある。
人
ゆかりの人物
— 3
織田信長
天下布武の革命児
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1582年の魚津城合戦で上杉景勝軍が籠城した松倉城跡は、信長の家臣・佐々成政が攻め手として激しい攻防を繰り広げた地。折しも本能寺の変で信長が横死した報がこの地に届いた歴史的な舞台としても知られ、信長の死が越中の戦局に大きな影響を与えた。
上杉謙信
越後の龍・軍神
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元亀元年(1570年)、城主・椎名康胤が武田方に寝返ったため、上杉謙信は松倉城を攻めた。城は100日にわたり持ちこたえ謙信は一時撤退したが、元亀3年(1572年)の再攻撃でついに落城。以後、上杉方の拠点として謙信の家臣・河田長親が城将を務めた。
上杉景勝
謙信の後継者・寡黙なる義将
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天正10年(1582年)、織田軍が魚津城を包囲すると、松倉城主・上条政繁は上杉景勝の命を受け救援に向かった。しかし6月2日の本能寺の変で信長死去の報が届き、翌3日に魚津城は落城したものの織田勢は撤退。上杉方は松倉城を拠点に態勢を立て直し、魚津城を奪還した。
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