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琴平神社(横浜和田山)
神奈川県
天正4年、小田原北條家臣・橋本伊賀守が奉斎したと伝わる和田山の鎮守——大物主命を祀り、戦災と接収を越えて平成に復興遷座した古社
創建
1576 年
種別
神社
参拝済
行きたい
アクセス
JR根岸線山手駅から徒歩約8分
神奈川県横浜市中区和田山1-35
Google Map で開く ↗
基本情報
神社
創建 1576
450年目
御祭神・御本尊
大物主命
金山彦命
概要
横浜市中区和田山に鎮座する神社。主祭神は大物主命・金山彦命。天正4年(1576年)、小田原北條家の家臣・橋本伊賀守が守護神として奉斎し創建したと伝わる。神仏分離以前は和田山の天徳寺が管理する持神社であった。関東大震災と横浜大空襲で社殿を失い、戦後は境内が進駐軍に接収されたが、平成3年(1991年)に45年ぶりに現在地へ復興遷座した。
由緒
社伝によれば天正4年(1576年)、小田原北條家の家臣・橋本伊賀守が守護神として大物主命を奉斎し、和田山の地に創建したと伝わる。江戸期には和田山の天徳寺(高野山真言宗)が別当を務める持神社であった。大正12年(1923年)の関東大震災で総欅権現造の社殿と69段の石段が倒壊し、昭和20年(1945年)の横浜大空襲で全焼した。戦後は境内が連合軍に接収されたため、御神体は北方の皇大神宮に仮遷座して祀られた。接収解除を経て平成3年(1991年)、実に45年ぶりに現在地へ社殿を再建して復興遷座を果たした。震災・戦災・接収という近代横浜の苦難を映す歩みを伝える古社である。
ご利益
商売繁盛
健康長寿・病気平癒
縁結び
五穀豊穣
事業繁栄・開店繁盛・取引成功。稲荷神社や恵比寿神社で広く祈願される。
御祭神「大物主命・金山彦命」のご神徳に由来
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