寺伝によれば弘仁3年(812年)、弘法大師が日本武尊の神霊を仏像として祀り神事山と称したのが起こりとされる。寛治元年(1087年)、大和国の律師・法陵が観音の告げにより当地の檜の大樹の下で十一面観音像を感得し、堂宇を建てて安置したのを創建とし、初め「紅葉山高宮寺」と号した。後に衰微したが、寛永10年(1633年)に春日局の帰依を受けた順海によって再興された。慶応2年(1866年)、境内裏の荒神山で神戸長吉・穴太徳一家らによる出入り「荒神山の喧嘩」が起こり、後に講談・浪曲の題材として全国に知られた。現在は本尊十一面観世音菩薩を秘仏として祀り、三重四国八十八箇所第二十二番・伊勢西国三十三所第二十四…