文化10年(1813年)、本間家4代当主・本間光道が濱畑の谷地に別荘(現在の清遠閣)とともに築造した廻遊式庭園。もとは砂丘地で、本間家の植林事業で整えられた土地に京都から庭師を招いて造らせたと伝わる。別荘「清遠閣」の名は庭園を訪れた庄内藩主・酒井忠器が鳥海山の眺めを愛でて命名し、「鶴舞園(かくぶえん)」の名は池の中島の松に鶴が舞い降りた故事にちなむという。昭和22年(1947年)、本間家が別荘と庭園を開放して戦後初の私立美術館「本間美術館」として開館し、庭園は平成24年(2012年)に国の名勝に指定された。