荒川放水路(新河岸川付替工事)の開削に伴い、大正13年(1924年)に蓮根の氷川神社が移転を余儀なくされた際、地元住民の請願によって旧社地に遥拝所(分霊を遠くから拝む社)が設けられた。これが現在の稲荷神社の社殿再興の起点とされる。古くからこの坂下の地には稲荷社が祀られており、農家3軒しかなかった頃から村の守護神として機能してきた。昭和13年(1938年)には厳島神社(市杵島比売命・弁財天)を合祀し、昭和14年(1939年)には第六天神社(面足尊)を合祀して境内を整備・拡充した。坂下地区は荒川沿いの低地農村で、農業の守護神・稲荷への信仰は近代以降の工業・住宅地化を経ても地域に根付いており、現在も…