山号は皿沼山、院号は永昌院、天台宗系単立。江戸時代中期ころ、成田山不動尊信仰の高まりを受けて不動尊を勧請したと伝わるが、実際には寶蔵寺の墓域を管理する御堂として草創され、慶応3年(1867)に修験道出身の明善によって創建されたとされる。明治維新後、晋卜和尚が天台宗寺門派の寺院として中興し、不動尊への祈願をもって寺格の再興を図った。二世・令信和尚の代に円満院門跡の寺中寺院となり、三世・信央和尚の代には本殿が竣工し、日本最大級とされる不動明王像が勧請されたという。関東三十六不動25番、荒綾八十八ヶ所霊場59番札所。