聖地マップ
みんなの投稿
記録
マイページ
‹
宮城県
Toku
[ まだ写真がありません ]
最初の一枚を投稿しませんか
青葉山公園(仙台城跡公園)
宮城県
1601年に政宗が青葉山の断崖に築いた仙台藩の居城跡—石垣と堀が残る国史跡の公園から仙台市街・広瀬川を一望できる
創建
1601 年
種別
史跡
参拝済
行きたい
アクセス
JR仙台駅からバスで「仙台城跡」下車
宮城県仙台市青葉区川内
Google Map で開く ↗
基本情報
史跡
創建 1601年
425年目
概要
仙台城跡を中心に整備された歴史公園。青葉山の丘陵に広がる公園は、かつての仙台城の跡地であり、石垣や堀の遺構が残る。公園内には伊達政宗騎馬像・仙台城見聞館・護国神社などが点在し、仙台の歴史を体感できる。春には桜の名所として知られ、「日本さくら名所100選」にも選ばれている。仙台市の西側、広瀬川沿いの丘陵に位置し、市街地を見渡す眺望も魅力。城跡には本丸・二の丸・三の丸の跡が残り、発掘調査によって数多くの遺物が出土している。仙台市博物館も青葉山公園に隣接し、伊達家に関する歴史資料を多数所蔵・展示している。政宗が整備した近世仙台の原点とも言える場所。
由緒
仙台城(別名・青葉城)は、慶長6年(1601年)に伊達政宗が青葉山の丘陵上に築城を開始し、慶長7年(1602年)にほぼ完成したとされる。天守は設けられず、断崖と広瀬川を天然の要害とした山城の特性を備えた近世城郭である。以後、伊達家62万石の居城として江戸時代を通じて仙台藩政の中枢であり続けた。明治維新後、城は陸軍の管轄下に置かれ、本丸の建造物の多くは解体・撤去された。明治11年(1878年)には本丸に護国神社の前身が創建されるなど、近代的な再編が進んだ。第二次世界大戦中の昭和20年(1945年)の仙台空襲により、残存していた建物の大半が焼失した。戦後、跡地は青葉山公園として整備・開放され、昭和…
もっと読む
記
関連記事
— 2
隻
隻眼のハンデを超えた東北の覇者——独眼竜・伊達政宗
伊達政宗は幼少期に天然痘で右目を失い「独眼竜」と呼ばれた。隻眼のハンデを超え、18歳で家督を継ぐと20代前半で東北の大半を制圧し、奥州最大の大名へと成長した。三日月の兜と派手な美意識で知られる政宗の不屈の生涯を解説する。
era
›
太
太平洋を越えてローマへ——伊達政宗の慶長遣欧使節
1613年、伊達政宗は家臣・支倉常長をスペインとローマに派遣した。太平洋・大西洋を渡る壮大な外交使節「慶長遣欧使節」は、政宗の世界的視野を示すものだった。鎖国前夜の日本から世界へ向かったこの使節の意義と結末を解説する。
era
›
人
ゆかりの人物
— 1
伊
伊達政宗
独眼竜
創建時 34歳
›
青葉山公園はかつての仙台城の本丸・二の丸跡地であり、政宗が1601年から築城を進めた仙台藩62万石の政庁の中心地であった。政宗はこの地から近世都市仙台を設計・統治し、城下に多くの木を植えさせたことが「杜の都」の起源とされる。
みんなの投稿
0
+
まだ投稿がありません
あわせて巡りたい
伊
伊達政宗騎馬像(仙台城跡)
仙台城本丸跡の断崖に東を向いて立つ伊達政宗公の騎馬像—62万石の礎を築いた独眼竜が今も仙台市街を見守る
166m
→
仙
仙台市博物館
仙台城三の丸跡に建つ博物館・支倉常長のローマ旅に関わる国宝資料を所蔵
136m
→
仙台城
慶長6年(1601年)に伊達政宗が青葉山の断崖に築いた天守なき名城—石垣のみに威容を残す62万石の国史跡
234m
→
青
青葉山の「扇坂」
政宗の築城術が刻む仙台城への石畳の登り坂・国史跡に指定された要害の道
517m
→
瑞
瑞鳳殿
仙台藩初代藩主・伊達政宗の霊廟として…
918m
→
評
評定河原(仙台藩評定所跡)
仙台藩の最高裁判所「評定所」が置かれた広瀬川畔の台地——伊達家の重要政務と刑事裁判の評議が行われた政治の中枢
836m
→
感
感仙殿・善応殿(経ケ峯伊達家墓所)
政宗の瑞鳳殿に連なる伊達二・三代の豪壮な廟・桃山様式の彩色彫刻が輝く
805m
→
桜
桜岡大神宮
元和9年に伊達政宗が鬼門の守護として創建した「仙台の伊勢さん」——西公園の桜に包まれた神明社
690m
→
記
情報を提案する
位置のずれ / 由緒 / 参拝時間 / アクセス / 設備 / 注意事項 などを提案できます
›
事実と違う内容を報告
›
アプリでもっと便利に
GPS自動スタンプ・オフライン閲覧・推し活機能
アプリで見る
+
アプリで巡礼を楽しむ
アプリで見る
✕