淀古城
淀古城
京都府
淀殿の名の由来となった城—豊臣秀長が改修し、茶々はここで秀吉の長男・鶴松を出産した
種別
参拝済
行きたい
アクセス
京阪本線「淀」駅から徒歩約10分
京都府
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基本情報
概要
淀古城(よどこじょう)は、京都府京都市伏見区納所(のうそ)北城堀にあった日本の城。納所は木津・桂・宇治の三川が合流するポイントの北岸にあたりに築城され、3面を川に囲まれた天然の要害で、古くからの商業地「淀」の中核都市であった。
由緒
淀古城は室町時代から戦国期にかけて、木津・桂・宇治の三川合流点北岸という要衝に築かれた城で、たびたび戦乱の舞台となったと伝わる。天正17年(1589年)、豊臣秀長がこの城を改修し、兄・秀吉の側室であった茶々(淀殿)の産所として与えた。茶々はここで秀吉の長男・鶴松を出産し、以後「淀殿」と呼ばれるようになったとされる。文禄3年(1594年)、秀吉が伏見城の築城を本格化させると淀古城はその役割を終えて廃城になったと伝わる。江戸時代に入り、徳川秀忠の命で松平定綱が別の場所(淀城跡公園付近)に新たな淀城を築いたため、両者を区別して「淀古城」と呼ばれるようになった。
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