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臼杵城跡
大分県
国崩しが轟いた海城——宗麟が選んだ丹生島の要塞
創建
1562 年
種別
史跡
参拝済
行きたい
アクセス
JR臼杵駅から徒歩15分
大分県臼杵市臼杵91-1
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基本情報
史跡
創建 1562
464年目
概要
永禄5年(1562年)ごろ、キリシタン大名・大友宗麟が臼杵湾の丹生島(にゅうじま)に築いた海城。別名「丹生島城」。天正14年(1586年)の島津軍侵攻ではポルトガル伝来の大砲「国崩し」(フランキ砲)で撃退し、難攻不落の海上要塞として名を轟かせた。江戸時代は稲葉氏15代の居城で、二の丸の畳櫓などが現存する。令和7年(2025年)に国の史跡に指定された。
由緒
豊後の大名・大友義鎮(宗麟)は弘治3年(1557年)頃に臼杵湾の丹生島へ本拠を移し、永禄5年(1562年)ごろに本格的な海城を築いたとされる。四方を海に囲まれた天然の要害を利用し、宗麟はここでキリスト教布教を後援した。天正14年(1586年)の島津軍侵攻では、ポルトガル伝来の大砲「フランキ砲」(国崩し)で撃退したと伝わり、西洋火器が日本の実戦で活躍した最初期の事例のひとつとされる。関ヶ原後の慶長5年(1600年)に稲葉貞通が入封し、以後稲葉氏15代・5万石が明治まで藩政を担った。明治20年(1887年)に周囲の海が埋め立てられて陸続きとなり、現在は二の丸の畳櫓と本丸の卯寅口門脇櫓が現存する。
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