梅林寺の前身は、武蔵国豊島郡小塚原村(現・荒川区南千住付近)に開かれた「龍源寺」で、開山の天室修悦(没1594年)が創建した曹洞宗の寺院である。承応3年(1654年)、家臣の平井長次が主君の子の病気平癒を祈願してこの地へ移転し、寺号を「梅林寺」に改めた。移転に際して境内社の綱敷天神(室町後期作、木造像は台東区指定文化財)も遷座した。江戸時代には「梅の名所」として庶民に知られ、江戸二十五天神の一つとして学問・商売繁盛の御利益を求める参詣者で賑わった。植物学者・阿部周五郎や俳人・河東碧梧桐の墓所としても知られ、文化人ゆかりの寺としての顔も持つ。