徳川家康は元和2年(1616年)に駿府城で没し、遺言により久能山に葬られた後、翌元和3年(1617年)に日光へ改葬され、二代将軍秀忠のもとで東照社として鎮座した。当初は東照社と称したが、正保2年(1645年)に朝廷から宮号を許されて「東照宮」となったと伝わる。現在に伝わる絢爛な社殿群の大半は、三代将軍家光が寛永13年(1636年)に行った大規模な造替によるもので、「日光を見ずして結構と言うなかれ」と称される陽明門の彫刻装飾はこの時に整えられた。1999年には「日光の社寺」としてユネスコ世界文化遺産に登録された。