嘉吉元年(1441年)、但馬守護・山名宗全によって築かれたと伝わる山城で、竹田山(標高353メートル)の山頂に位置する。山名氏の支配下において但馬支配の要衝として機能したとされる。天正5年(1577年)、羽柴秀吉による但馬攻めにより落城し、山名氏による支配は終焉を迎えた。その後、秀吉の家臣である桑山重晴が城主となり、石垣の整備・拡充が進められたとされる。さらに赤松広英が城主を継いだが、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いにおいて赤松氏が西軍に与したため、戦後に廃城となった。江戸時代以降は廃墟となり、石垣のみが山頂に残された。明治時代以降、近代的な調査・整備が進み、昭和初期には国の史跡に指定され…