高館は、文治5年(1189年)に源義経が奥州藤原氏四代・藤原泰衡の急襲を受け自害した地と伝わる丘である。義経はかつて兄・源頼朝との対立により都を追われ、奥州藤原氏三代・秀衡の庇護を受けていたが、秀衡の死後に頼朝の圧力に屈した泰衡に攻められたとされる。この戦いで義経は妻子とともに命を絶ったと伝えられ、平泉における奥州藤原氏の実質的な終焉にもつながった。その後、高館は長らく歴史の風雪にさらされたが、江戸時代の天和3年(1683年)、仙台藩四代藩主・伊達綱村が義経の霊を慰めるために義経堂を建立し、内部に義経の木像を安置した。元禄2年(1689年)には俳人・松尾芭蕉が奥の細道の旅の途上でこの地を訪れ、…