信濃国一宮として全国に約25,000社ある諏訪神社の総本社。建御名方神(たけみなかたのかみ)と八坂刀売神(やさかとめのかみ)を主祭神とし、上社本宮・上社前宮・下社春宮・下社秋宮の四社からなる広大な神域を有する。創建は神話時代に遡るとされ、『古事記』『日本書紀』には建御名方神が国譲りで天津神に屈した後、諏訪の地に鎮まったと記される。縄文時代から諏訪湖周辺は祭祀の場であった可能性が指摘され、日本最古の神社の一つに数えられる。延喜式神名帳(927年)には名神大社・信濃国一宮として記載され、中世には武神として源頼朝・武田信玄ら武将の信仰を集めた。7年に一度行われる「御柱祭(おんばしらさい)」は山中から樅の巨木を切り出し急坂を曳き下ろす壮大な神事で、国の重要無形民俗文化財。住所は本宮で、JR中央本線茅野駅から路線バスで約20分、上社本宮停留所下車。
諏訪大社の創建年代は不明だが、縄文時代から諏訪湖周辺で自然信仰が行われていたとされ、日本最古の神社の一つと伝わる。『日本書紀』には建御名方神が大国主神の子として諏訪に鎮まったとの記述があり、古代から信濃国の中心的な聖地であった。奈良・平安時代には朝廷から篤い崇敬を受け、延喜式神名帳(927年)では名神大社に列せられた。中世には武神としての性格が強まり、源頼朝・武田信玄をはじめ多くの武将が戦勝祈願に訪れ、武田氏は特に深く帰依して社殿の造営・修復を支援したと伝わる。近世には徳川幕府の保護を受け、社領が安堵された。上社(本宮・前宮)・下社(春宮・秋宮)の四社体制が整い、7年に一度の御柱祭も江戸時代を…