東京都町田市本町田に鎮座する菅原道真公を祀る神社で、東京都指定旧跡「井出の沢古戦場」の上に建つ歴史的神社。町田天満宮・南大谷天神社と並ぶ「町田三天神」の一つ。社伝によれば、室町期の永享年間(1429-1441年)に大沢左近正次が、先祖・大沢七郎正純が鎌倉期の元応年間に京都北野天神へ詣でた折に賜った天神像(大沢家の守り本尊)をこの井出の沢の山上に奉安したのが始まり。その子孫・大沢玄蕃は寛永7年(1630年)に新たに渡唐の天神像を刻ませて奉安、土地を寄進して本町田の鎮守と定めたことで正式に神社として成立した。境内は東京都旧跡「井出の沢古戦場」として指定されており、建武2年(1335年)の「中先代の乱」で、鎌倉奪還を目指す北条時行(最後の執権・高時の遺児)の軍勢と、それを迎え撃つ足利直義(尊氏の弟)の軍勢が激突した古戦場跡。直義は敗走して鎌倉を一時時行に奪われたが、間もなく尊氏が時行を駆逐した。…
室町期の永享年間(1429-1441年)、当地の豪族・大沢左近正次が、先祖・大沢七郎正純が鎌倉期元応年間(1319-1321年)に京都北野天神参詣時に賜った天神像を井出の沢の山上に奉安したのが起源とされる。寛永7年(1630年)に子孫・大沢玄蕃が新たに天神像を刻ませて奉安、土地を寄進して本町田の鎮守として正式創建した。境内は建武2年(1335年)の「中先代の乱」で北条時行軍と足利直義軍が激戦を繰り広げた「井出の沢古戦場」として東京都指定旧跡となっている。この合戦で直義は敗走、時行は一時鎌倉を奪還したが、2週間ほどで足利尊氏により駆逐された。鎌倉街道の要所に位置し、南北朝動乱の序章となった古戦場…