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詩仙堂丈山寺
京都府
徳川家臣から文人へ転じた石川丈山が営んだ山荘—狩野探幽筆の中国詩人36人を掲げる「詩仙の間」と日本初のししおどしが響く庭園
創建
1641 年
種別
寺院
参拝済
行きたい
アクセス
叡山電鉄「一乗寺」駅から徒歩約15分、または市バス「一乗寺下り松町」下車徒歩約7分
京都府京都市左京区一乗寺門口町27番地
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基本情報
寺院
創建 1641
385年目
宗派
曹洞宗
概要
江戸初期の文人・石川丈山(1583〜1672)が寛永18年(1641)に洛北・一乗寺に営んだ山荘跡。中国歴代の詩人36人の肖像(狩野探幽画)を四方の壁に掲げた「詩仙の間」と、丈山自身が設計した回遊式庭園「百花塢」で知られる。白砂とサツキの刈込みが広がる庭には日本初のししおどし(添水)の音が響き、五月のサツキと晩秋の紅葉が特に美しい。現在は曹洞宗の寺院(丈山寺)として、境内全域が国指定史跡に指定されている。
由緒
石川丈山(1583〜1672年)は三河出身の武士で、関ヶ原の戦い(1600年)では徳川家康に従軍したが、大坂冬の陣(1614年)の後に家康の勘気に触れて浪人となった。その後は京都・伏見で漢詩・書・茶道・庭園設計を深く研究し、文人としての境地を切り開いた。 寛永18年(1641年)、丈山は京都洛北の一乗寺に山荘を構えた。この山荘が「詩仙堂」と呼ばれるようになった由来は、中国の詩人36人(「詩仙」)の肖像画を四方の壁に掲げた「詩仙の間」に由来する。肖像は狩野探幽が描いたとされ、各人の詩が丈山の筆で添えられている。 庭園「百花塢(ひゃっかう)」は丈山自身が設計した池泉回遊式の庭で、白砂の枯山水と…
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