[ まだ写真がありません ]
最初の一枚を投稿しませんか
泉岳寺
東京都
慶長17年に家康が創建した曹洞宗の名刹、元禄15年に赤穂浪士四十七士の墓が置かれて320年以上参拝者が絶えない忠臣蔵の聖地、毎年12月14日の義士祭に約1万人が集う
創建
1612 年
種別
寺院
参拝済
行きたい
アクセス
都営浅草線泉岳寺駅から徒歩1分
東京都港区高輪2-11-1
Google Map で開く ↗
基本情報
寺院
創建 1612
414年目
御祭神・御本尊
宗派
曹洞宗
概要
慶長17年(1612年)に徳川家康が外桜田に創建し、寛永18年(1641年)に現在地に移転した曹洞宗の名刹。「忠臣蔵」の聖地として世界にその名を知られ、元禄15年(1703年)12月14日の赤穂浪士討ち入り以来、大石内蔵助以下四十七士の墓所が境内に設けられ、320年以上にわたり義士たちを慕う参拝者が絶えない。討ち入り当日の12月14日には「義士祭」が盛大に催され、全国から約1万人もの参拝者が集う。山門前には勇壮な大石内蔵助の銅像が立ち、境内奥の義士墓所には四十七士が主君・浅野内匠頭の墓を取り囲むように整然と並ぶ。隣接する義士記念館(泉岳寺境内資料館)には討ち入りで使用した鎖帷子・陣太鼓・書状など貴重な遺品約500点が展示されており、赤穂事件の全容を詳しく学ぶことができる。本尊は釈迦如来。境内に漂う静謐な空気と線香の香りは、主君への忠義を貫いた武士たちの魂を今なお感じさせる。「武士道」の精神…
もっと読む
由緒
1612年、徳川家康が門庵宗関を招いて創建。1703年の赤穂事件後、大石内蔵助ら四十七士の墓が置かれ、忠臣蔵の地として有名に。
ご利益
厄除け・災難除け
浄化・お祓い
極楽往生
災厄消除・方位除け・疫病退散。不動明王・観音・祇園の神を祀る寺社で特に祈願される。
御祭神「釈迦如来」のご神徳に由来

お祭り・行事
1

12月
14
泉岳寺 赤穂義士祭
忠臣蔵で知られる赤穂浪士の墓所がある泉岳寺で行われる義士祭。浪士に扮した行列が街を練り歩き、討ち入りの日である12月14日に合わせて開催される。墓前供養も行われる。

関連する歴史的事件
3

1703 年
赤穂事件(忠臣蔵)
元禄15年(1703年)12月14日、赤穂浪士47人が本所松坂町の吉良上野介邸に討ち入り、主君・浅野内匠頭の仇を報じた。浪士たちは吉良の首を掲げて泉岳寺の主君の墓前に報告。幕府は義挙と認めつつも切腹を命じ、47士は泉岳寺に葬られた。日本人の忠義観を象徴する物語として今も語り継がれる。
もっと詳しく →
1855 年
勝海舟の外交・軍制改革
勝海舟(1823〜1899年)は幕末最大の実務家として、日本の近代海軍建設に尽力した人物。1855年(安政2年)、長崎海軍伝習所で西洋の航海・砲術を学び、1860年には咸臨丸の艦長として初の太平洋横断を成功させた。坂本龍馬の師として知られ、薩長同盟の前段階となる海援隊の設立にも影響を与えた。幕末の動乱では幕府海軍の建設・訓練に努め、1868年には西郷隆盛との談判で江戸城の無血明け渡しを実現した。明治政府下でも海軍卿などを歴任し、両者の橋渡し役として近代日本の建設に貢献した。
もっと詳しく →
1868 年
江戸無血開城
慶応4年(1868年)3月13日・14日、旧幕臣・勝海舟と新政府軍参謀・西郷隆盛が高輪の薩摩藩邸で会談し、江戸城の無血明け渡しが決定した。当時100万人を超える世界最大級の都市・江戸を戦火から救った日本史上最大の交渉劇。勝は「江戸の町と民を焼くわけにはいかない」と説き、西郷は「いろいろ難しい議論もありましょうが、私が一身にかけてお引き受けします」と応じた。
もっと詳しく →
みんなの投稿
1
あきとし
2026/5/23
駅名となっているので気になっていた泉岳寺さん。 落ち着く感じで外人さんも少々
御朱印
まだ御朱印の投稿がありません
参拝案内
参拝時間
境内の開門・閉門時間は通年7:00〜16:00。赤穂義士記念館・義士木像館は9:00〜15:30。
拝観料
境内参拝は無料。赤穂義士記念館・義士木像館(共通券)は大人500円、中高生400円、小人250円。
2026-07-17時点の情報です。変更される場合があります。
情報を提案する
位置のずれ / 由緒 / 参拝時間 / アクセス / 設備 / 注意事項 などを提案できます
事実と違う内容を報告
アプリでもっと便利に
GPS自動スタンプ・オフライン閲覧・推し活機能
アプリで見る
アプリで巡礼を楽しむ
アプリで見る