社伝によれば、日本武尊が東征の帰路、大津沖で暴風に遭い遭難しかけた際、白衣の神人が夢枕に立って「佐波波の神」として加護を誓ったため、この地に祀られたと伝わる。鎮座地は松の茂る「唐帰山」と呼ばれ、古くから東海を行く船の航路標識となってきた。『日本三代実録』には貞観元年(859年)に「佐波波神」へ従五位下が授けられたと記され、延喜式神名帳にも常陸国二十八座の一社として名を連ねる。ただし式内社の比定地としては、同じく北茨城市内の華川町上小津田に鎮座する同名の社と並ぶ論社関係にあり、いずれが本来の式内社かは確定していない。主祭神は天日方奇日方命で、大己貴命ら5柱を配祀する。武将や漁民から海上守護の神と…