大友宗麟(1530〜1587年)は戦国時代の豊後国(現・大分県)を拠点とした大名で、1578年にキリスト教に入信し洗礼名フランシスコを受けた。九州のキリシタン大名として南蛮貿易を積極的に推進し、府内(現・大分市)をキリスト教文化の拠点とした。1587年、豊臣秀吉の九州征伐に際して宗麟は秀吉に謁見してキリスト教保護を嘆願したが、その帰途に現在の津久見市において病没したと伝わる。享年57歳であった。墓所には宗麟の信仰を示す十字架型のキリスト教式墓石と、仏教式の供養塔が併置されており、晩年まで続いたキリスト教への帰依と、周囲の仏教的慣習が共存した形で後世に伝えられている。近代以降、宗麟の歴史的・文化…