亀山市布気町に鎮座する式内社(旧郷社)。延喜式神名帳(927年)に伊勢国鈴鹿郡の小社「布気神社」として記載されており、古代より「神戸七邑(かんべしちむら)の総社」として鈴鹿郡の信仰の核を担ってきたとされる。文永年間(1264〜1274年)には隣接する忍山神社が火災・兵乱の被害を受けた折に当社境内に仮遷座したと伝わり、その後忍山神社は現在地に独立復社した。社名中の「皇舘太」は皇室ゆかりの地または皇族直轄地(御厨など)との縁を示唆するとも解されるが、詳細な縁起の記録は現存しない。旧東海道の関宿に近い立地から中世には旅人の信仰も集めた。現在は神社本庁傘下の神社として地域の産土神として崇敬されている。