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韮山城跡
静岡県
北条早雲が築き後北条氏百年の礎とした伊豆の山城、秀吉の小田原征伐でも100日籠城
創建
1493 年
種別
参拝済
行きたい
アクセス
伊豆箱根鉄道「韮山」駅から徒歩20分
静岡県伊豆の国市韮山
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基本情報
創建 1493
533年目
概要
伊豆の国市にある戦国時代の山城跡。室町幕府の家臣から戦国大名へと転身した伊勢宗瑞(北条早雲)が1493年ごろに築城したとされる。小田原北条氏の重要な拠点として機能し、1590年の豊臣秀吉による小田原征伐の際には100日に及ぶ籠城戦を行ったことでも知られる。現在は城山として整備されており、山頂からは富士山や天城山を望む絶景が楽しめる。韮山城をめぐる散策コースとして整備されており、歴史と自然を楽しめるスポットとなっている。
由緒
韮山城は、明応2年(1493年)頃、伊勢宗瑞(北条早雲)が堀越公方・足利茶々丸を攻め滅ぼして伊豆を掌握した際に、その本拠として整備した山城である。早雲は検地など先進的な統治を行い、永正16年(1519年)にこの城で没した。以後も後北条氏の伊豆支配の要として機能し、元亀元年(1570年)には武田氏の伊豆侵攻を北条氏規が撃退した。天正18年(1590年)の豊臣秀吉による小田原征伐では、城主・北条氏規がわずか3千余の兵で4〜5万ともいわれる豊臣軍を相手に約100日間の籠城戦を展開。小田原本城の開城後、徳川家康の仲介を受けて開城した。慶長6年(1601年)、城主・内藤信成の駿府転封に伴い廃城となった。…
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ゆかりの人物
3

北条早雲
後北条氏の祖・伊勢新九郎盛時
創建時 61歳
北条早雲(伊勢宗瑞)が1493年頃に韮山城を築いたとされ、ここを本拠に伊豆国の支配を固めた。今川氏の客将として台頭した早雲が、足利茶々丸を追い落として伊豆を掌握するにあたり、韮山城は後北条氏百年の礎となる最初の城となった。
豊臣秀吉
太閤・天下人
天正18年(1590年)の小田原征伐で、豊臣秀吉は織田信雄らの大軍(4〜5万とも)を韮山城に差し向けた。城主・北条氏規はわずか3千余の兵で約100日にわたり持ちこたえ、堅城ぶりを示した。小田原本城の開城後、かつて今川家で人質仲間だった徳川家康の説得を受けて氏規は開城した。半日で落ちた山中城とは対照的に、韮山城は後北条方の意地を見せた籠城戦として知られる。
源頼朝
鎌倉幕府初代将軍
創建時 346歳(没後)
韮山城が戦国期に北条早雲によって築かれる以前、この韮山の地は源頼朝が流人として青年期を過ごした配流の地であった。頼朝は平治の乱の後に伊豆へ流され、近隣の蛭ヶ島で20年近くを過ごすなかで北条時政の娘・政子と結ばれ、治承四年(1180年)の挙兵へと向かった。後北条氏の拠点となった韮山城は、頼朝の雌伏と北条氏の興隆という、伊豆が武家政権の誕生に二度も関わった歴史を重ね持つ地に立つ。
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