二条御所(にじょうごしょ)は、戦国時代から安土桃山時代に京都府京都市上京区武衛陣町に存在した室町幕府将軍の御所・城。
徳川氏の二条城と区別して、旧二条城、二条古城とも呼ばれる。現在は旧二条城跡として知られている。また、創建当時は二条城とは呼ばれておらず、この呼称は江戸時代になって用いられたものである。当時は「武家御所」「武家御城」「公方様の御城」「二条武衛陣の御構」などと呼ばれていた。
足利義輝と足利義昭の二条御所が知られており、どちらも同じ場所にあった。義昭の御所は義輝の御所の跡地を拡大し、普請されたものである。
義輝の築城した二条御所は永禄2年(1559年)に建設が始まり、翌永禄3年(1560年)6月に義輝が移り住んだ。永禄8年(1565年)5月19日、三好義継・松永久通らの軍勢一万が御所を襲撃する永禄の変が起こり、義輝は奮戦の末に討ち取られ、御所も焼き払われた。その跡地に、織田信長の…