那谷寺は養老元年(717年)に泰澄大師が創建した後、一時衰退したが、花山法皇(968-1008年、第65代天皇)が西国三十三所巡礼の途上にこの地を訪れ霊場を再興したと伝わる。法皇は那智(1番)と岡寺(7番)のふたつの寺名から一字ずつを取り「那谷寺」と改名したとされ、観音霊場としての那谷寺の性格を確立した。花山法皇は寛和2年(986年)に藤原氏の謀略(寛和の変)で出家させられた後、30余年を修行と巡礼に費やし「西国三十三所巡礼の中興の祖」と称えられる人物である。那谷寺が現在も那谷の名を持ち、観音霊場として信仰を集めているのは、花山法皇のゆかりにほかならない。