社伝によれば平安時代、伝教大師最澄が藤原岳の中腹に聖寶寺を建立した際、その守護神として日吉山王社(山王権現)を勧請したのが始まりとされる。元亀元年(1570年)、伊勢長島一向一揆の後に滝川一益が員弁郡内の神社仏閣を焼き払い、山王社も焼失した。万治2年(1659年)、聖寶寺の再建にあわせて坂本・大貝戸両村の氏神として現在地に再び祀られた。境内には「見ざる・聞かざる・言わざる・思わざる」を刻んだ一対の狛猿があり、山王神道の教えを今に伝える。社叢はいなべ市指定天然記念物、明治期に近江の宮大工が手がけた長浜流の曳山車は市指定有形文化財、曳山囃子は市指定無形文化財となっている。