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法音寺(米沢)
山形県
上杉家歴代藩主の菩提を弔ってきた真言宗豊山派の古刹で、米沢の上杉家廟所の墓守寺院として知られる
創建
1601 年
種別
寺院
参拝済
行きたい
アクセス
JR米沢駅からバス10分
山形県米沢市御廟1-5-30
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基本情報
寺院
創建 1601
425年目
宗派
真言宗豊山派
概要
上杉家歴代藩主の菩提を弔ってきた真言宗豊山派の古刹で、米沢の上杉家廟所の墓守寺院として知られる。もとは越後国八海山の麓(現在の新潟県南魚沼市)に創建された寺で、上杉氏の移封(越後→会津→米沢)に随行して慶長6年(1601年)に米沢へ移り、明治3年(1870年)の神仏分離で上杉家廟所前の現在地に移った。本堂には上杉謙信公の等身大の木像が安置され、その脇には謙信の守り本尊とされる泥足毘沙門天が祀られる。上杉家廟所(国史跡)には初代謙信から12代斉定まで12基の御廟が整然と並び、歴代藩主が祀られる。米沢における上杉家の信仰と歴史を今に伝える。
由緒
法音寺はもと越後国南魚沼・八海山の麓の寺で、聖武天皇の勅命による創建と伝わる。建久8年(1197年)に源頼朝の祈願寺となり、天正年間に上杉謙信の祈願寺として春日山へ移った。慶長6年(1601年)、上杉景勝が会津を経て米沢へ移封された際に随行して米沢城二の丸に建立され、景勝の遺言で葬儀の導師を法音寺住職に託して以降、歴代藩主の菩提寺となった。米沢城下の真言宗二十一ヶ寺の筆頭も務めた。明治3年(1870年)の神仏分離で二の丸から上杉家廟所前の現在地へ移り、寛保2年(1742年)再建の本堂を移築した。守り本尊の泥足毘沙門天像も米沢城内から遷され、令和4年(2022年)に山形県指定有形文化財となった。
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