元和6年(1620年)、南京地方出身の華僑が真円を開基に招いて創建した日本最初の唐寺。禁教令下、在長崎の唐人が仏教徒であることを示す菩提寺として機能し、寛永9年(1632年)には第2代・黙子如定が本堂にあたる大雄宝殿を建立した。承応3年(1654年)、第4代住職として隠元隆琦が中国から渡来して入寺し、日本黄檗宗の礎を当寺で築いた。隠元はのちに宇治へ移り萬福寺を開いたが、興福寺は黄檗禅発祥の地として知られる。大雄宝殿は元禄2年(1689年)に再建され、中国工匠による精緻な彫刻や氷裂式組子の丸窓を備え、昭和8年(1933年)に国の重要文化財に指定された。