明治2年(1869年)、津藩11代藩主・藤堂高猷が戊辰戦争で戦死した藩士を祀るため「表忠社」を建立したのが起こり。明治7年(1874年)に官祭招魂社へ昇格し、明治42年(1909年)に現在地の広明町へ遷座した。昭和14年(1939年)、内務省令により「三重縣護國神社」と改称。昭和20年(1945年)の津空襲で本殿・神饌所を除き社殿の大半を焼失したが、戦後に復興を遂げた。昭和50年(1975年)には昭和天皇・香淳皇后が行幸啓し御親拝された。現在は禁門の変から第二次世界大戦に至る三重県関係の戦没者六万三千余柱を祀り、四月・十月の例大祭と八月の万灯みたま祭を斎行している。