楠郷7ヶ村の総氏神として創建され、「神明社」として天照大御神系の信仰を集めてきた。社伝によれば正平24年(1369年)、楠城を築いた諏訪十郎貞信が信濃国の諏訪大明神を末社として勧請した記録が残る。室町時代には楠木正成の末裔・楠木正威が楠城の城主となり、一族215年にわたる支配の下で地域の鎮守として崇敬を受けた。明治41年(1908年)には周辺18社を合祀して「楠村神社」と改称。戦後に分祀が行われ「楠郷総社神明社」として現在に至る。延喜式神名帳に記された式内社「川神社」の論社の一つとも比定される。