鎌倉市浄明寺3丁目の山中に鎮座する、浄明寺地区の鎮守(氏神)。100段を超える急な石段の先に静謐な杜に包まれた社殿が現れ、鎌倉の下街道沿いに開けた浄明寺谷の集落を古くから守護してきた。浄妙寺(足利義兼が建久9年・1198年に創建した禅宗寺院)と同時代に紀伊熊野三山から御分霊を勧請したと伝わり、伊邪那岐命・伊邪那美命・天宇受売命の三神を祀る。社殿は応永年間(1394〜1427年)・永正年間(1504〜1520年)・文久3年(1863年)の三度にわたって再建されており、棟札の記録によりその歴史が確認される。例大祭では浄明寺地区に古くから伝わる「雪花神楽」(鎌倉神楽の一種)が奉納される。山に分け入る急石段と鬱蒼とした杜が往時の面影を色濃く残し、観光化された鎌倉の中でも別格の静けさを持つ隠れた名社。
浄明寺地区の氏神として鎌倉時代から存在したと伝わる。建久9年(1198年)、源頼朝の御家人・足利義兼が浄妙寺を創建した際に、山裾に紀伊熊野三山の御分霊を勧請したのが起源とされる。以来、浄明寺の寺内町を形成する氏子たちの信仰を集めた。応永年間(1394〜1427年)・永正年間(1504〜1520年)・文久3年(1863年)の三度の再建が棟札の記録から確認されており、各時代の地域コミュニティが社殿の維持に努めてきたことが窺える。明治6年(1873年)に神社として公式に認可され、昭和25年(1950年)に宗教法人格を取得した。現在も浄明寺地区の氏神として住民の篤い信仰を集め、年に一度の例大祭では鎌倉…