弘安10年(1287)、蘆名氏第5代当主・蘆名盛宗が鎌倉より大円禅師を招いて開山した臨済宗の禅刹で、山号を瑞雲山という。天正18年(1590)、豊臣秀吉は奥州仕置の御座所をこの寺に置き、同年入封した蒲生氏郷は寺領200石を与え、城下整備で多くの寺院が郭外へ移転する中、格式ある由緒から城内に留まることを唯一許された。慶応4年(1868)の戊辰戦争で伽藍はことごとく焼失したが、本堂再建には廃城となった鶴ヶ城の廃材が用いられた。境内には文禄5年(1596)に蒲生秀行が亡父氏郷の遺髪を納めて建立した五輪塔が現存し、会津若松市指定文化財に指定されている。