阿蘇神社・郡浦神社・健軍神社とともに「阿蘇四社」に数えられ、肥後国二宮として崇敬されてきた古社。社伝では孝元天皇26年(伝・紀元前189年)の創建とされ、当初は鏑崎宮と称したが、神功皇后が三韓征伐からの凱旋の折に甲冑を納めたことから甲佐宮と改められたと伝わる。祭神は健磐龍命の御子・八井耳玉命(甲佐明神)で、健磐龍命・蒲池比咩命・神倭磐余彦命・媛蹈鞴五十鈴媛命を配祀する。鎌倉時代には、蒙古襲来を描いた絵巻『蒙古襲来絵詞』を著したことで知られる肥後の御家人・竹崎季長が当社にこの絵詞を奉納したと伝わり、鎌倉武士の篤い信仰を今に伝えている。