永禄6年(1563年)、織田信長が西尾張支配の拠点として小牧山に築城した。信長自ら縄張りを設計したとされ、石垣を本格的に採用した先進的な山城として城郭史上の画期をなす。山麓から山頂にかけて郭を配した構造は、後の近世城郭に通じる設計思想を示すと評価される。永禄10年(1567年)、信長が稲葉山城(岐阜城)を攻略して岐阜へ本拠を移すと、小牧山城は廃城となった。しかし天正12年(1584年)、羽柴秀吉と徳川家康・織田信雄連合軍が争った「小牧・長久手の戦い」において、家康はこの山を本陣として活用し、土塁や堀を築いて防衛拠点とした。江戸時代以降は城としての機能を持たず、山はそのまま残された。明治以降、近…